新聞の記事
オクイカオルさんの素敵な文章。
神戸新聞、日曜日の朝刊に寄稿しました。こんなので大丈夫なのかと不安なままでいましたが、尊敬する前職の上司に気に入っていただけたようなのでほっとしました。多田さん、ありがとうございました。
もしよろしければご笑覧ください。
--
人間関係でモヤモヤ。仕事が終わらず、なかなか帰れない。将来だってどうなることやら。日々の暮らしですっかり疲弊してしまうときは、知らずのうちに人間によってつくられた人間だけの不思議の世界、「人間国」に迷い込んでいる。そこではあたかも、この世界には人間しかいないかのように時間が流れる。
地球という惑星の、同じ島国の、同じ都道府県の、同じ市区町村にも、数えきれないほどの種類の生きものがいる。植物について初めて学んだとき、道に生える草の名前を一つ一つ、専門の先生から教わった。全ての草をじっくり見ていたら、1メートルを進むのに30分かかった。
見ている世界の「解像度が上がる」体験。植物を見るようになると、いろんな虫が見えてくる。鳥の声も聞こえる。こんなにも生きものがいる世界に住んでいたのかと驚いた。
「環境を守ろう」や「自然を大切に」といった言葉がどれだけ叫ばれても、個人の実体験がなくては共感できないのではないか。知らないものは守りにくいし、大切にしにくい。自らの実体験をもとに、子どもを対象とした環境体験学習はできるだけ「具体的な自然」と出会える場になるよう心がけている。
草花ブーケを作るワークショップでは、春の野草一つ一つを、子どもたちとゆっくり見ながら摘んで花束にした。スズメノヤリにはふわふわした毛があるね、キュウリグサの花は小さくてかわいい。普段なら草とか雑草とか緑と呼んでいる植物の姿を見つめ、名前を呼ぶ。自分で付けた名前でもいい。名前を呼んだら、自分の生きる世界の住人になる。
あおむしやけむしを手に乗せるワークショップでは、これまで約1000人の手の上に、毒のないチョウやガの幼虫を乗せた。虫が嫌いな人に無理強いは決してしない。ハマる人は、その場からずっと離れず、手の上のあおむしを優しくなでている。ほとんどの人には初めての経験。身近なのに遠い存在だった生きものとの接触に、大人も子どもも興奮の瞬間が訪れる。
2015年に淡路島で自然利用についての調査をした。どんな木の実をどう利用してきたかを調べると、約50種類の木の実の利用が確認できた。聞き取り調査で語られたのは個々人の思い出話だ。「秋になると、おじいちゃんとしいの実を拾いに行った」、「竹でっぽうに、いろんな木の実を詰めて飛ばした」。豊かな自然がそばにある日々の記憶。昔は良かった、と話を終わらせたくない。今の時代、そしてこれから先も、人と自然が豊かに関わり暮らしていくために何ができるだろうか。
手を伸ばせば届く場所に、生きものはいる。姿を見つめて、名前を呼んで、手で触れる。具体的な自然を見つめると、自分の生きている世界は思っていたようなものではなかったと気づく。
「人間国」に疲れたら、まずはあおむしを手に乗せてみませんか。
0コメント